大判例

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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)2279号 判決

被控訴人は更に、控訴人丑造が建物の増改築禁止の特約に違背して昭和三十一年十二月本件地上に木造モルタル塗二階建一棟を築造した故を以て、右賃貸借契約を解除すると主張するので、この点につき判断する。

控訴人丑造が昭和二十二年六月十四日被控訴人に差入れた賃貸借契約書(甲第二号証の一)に、「賃借土地は木造建物の敷地として使用すること、賃貸人の承諾なくして建物の種類構造又は使用の目的を変更し、又は建物其の他の模様替並に土地の全部又は一部の転貸をなさざること」という特約条項が存することは控訴人もこれを認め、ただ右条項は単なる例文にすぎないから法的拘束力を有しないと主張するところ、これを例文と認むべき程の証拠はないので右主張は採用し得ない。そこで借地法との関係においてかかる特約の効力について考えて見るに、元来賃借人は契約に定めた用法に従う限り、自由に借地の使用収益をなしうべきものであるから、借地権の消滅前建物が滅失した場合(自然の朽廃によると人為的取毀によるとを問わない)、残存期間を超えて存続すべき建物の築造に対し、土地所有者の側より異議が述べられたときと雖も、建築工事自体は禁止されるものでなく、賃貸借の期間が満了すれば契約の更新を請求し、その更新なきときは新に築造した建物の買取を請求しうるものと解すべく、ただ、残存期間いくばくもないのに拘らず、さして必要のない増改築等をして徒に建物の買取価額を増大させ、土地所有者に著しい不利益を帰せしめるような場合には、信義則の要請上買取請求権の行使が適当に制約されるに止るのである。右のような借地法の建前に照すと、前記増改築禁止の特約を是認するときは結局借地人の不利益において契約更新請求権または建物買取請求権の行使を事実上制限するに等しい結果となり、従つて借地法第十一条に牴触し、無効と解するのが相当である。仮りにこれを一応有効と解釈しても、土地所有者が建物所有の目的で土地を賃貸した以上、賃借人が建物保存のために合理的な修繕を加え、法令の要求に従つて修改築を施し、または賃借人の生活上並に営業上必要止むを得ざる程度の増改築をするが如きことは、初より当然予測すべきところであるから、賃借人としては右特約に拘らず、改めて賃貸人の同意を得ずともこれをなしうべき筋合であつて、若しも前記特約がかかる範囲の工事までも禁止せんとする趣旨であるとすれば、それは国家経済上の公益的見地からしても、また借地法の精神から見ても到底許されない無効のものといわなければならない。被控訴人が最初控訴人先代由太郎に本件土地を賃貸した頃、本件地上には相当立派な木造瓦葺三階建家屋建坪合計四十七坪余が存在し、戦災によりこれが滅失したことは前認定のとおりであるが、成立に争のない乙第四号証当審証人荒川延子の証言及び控訴本人荒川丑造の供述によれば、終戦後資材不足の折柄控訴人丑造が建築した建物は木造板葺平家建店舖一棟建坪十四坪五合で、屋根はトタン板を張り、壁もない粗末なバラツクにすぎず、もとより永続的使用に耐え得ないので、早暁本建築に改める必要に迫られていたところ、更に附近一帯が準防火地区に指定され、消防官憲より防火建築に改めるよう数次注意を受けていたこととて、昭和三十一年十二月前記バラツクを取毀ち、一部その材料を使用して本件モルタル塗二階建一棟建坪十九坪五合五勺二階十八坪二合五勺の店舖兼住宅を建築したのであつて、従前の平家建を二階建としたのは、階下に取扱貨物を収容する営業上の止むを得ざる必要に出たものであることが認められる。それ故控訴人丑造が右状況の下において当然予想さるべきこの程度の増改築工事をしたことは、右特約の禁止する範囲外に属するものということができる。(なお付言するに、控訴人の行為が外形上右特約に牴触するとの考方を取るとしても、右増改築は本件賃貸借契約が昭和三十一年九月十五日更新されて間もない同年十二月中のことであり、成立に争のない甲第三号証第八号証及び当審における控訴本人尋問の結果によると、昭和二十五年中控訴人が住宅金融公庫より住宅建設資金を借受け建築しようと考えて被控訴人の承諾を求めたのに対し、賃貸借の残存期間が一年余しかないことを理由に拒絶されたことが認められるので、契約更新後間もない時期の改築ならば、右の如き拒絶の理由はない訳であるし、また築造された建物の坪数も戦前に存した三階建のそれに及ばず、単に防火建築とすべき旨の官憲の要求に応じ、且つ控訴人の営業上の必要範囲で戦後応急のバラツクを本建築に直したにすぎないことを思えば、被控訴人の特約違反を理由とする解除権の行使は、当該事情に照らし、自己にさしたる不利益のないのに拘らず、徒らに賃借人に多大の損失を及ぼすものであつて、権利の濫用として許されないものというべきである。)それ故増改築禁止の特約違反を理由とする本件賃貸借契約解除の主張は、何れにしても肯認することができない。

(二宮 奥野 大沢)

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